Compact Graflexをトロピカル仕様にレストアする
(Stationary Grafrex  5×7)
2014年8月

このカメラ、2002年に修理をして使えるようにしてはいたのですがそれから12年を経てまただいぶ怪しくなっていました。
ところが尊敬する八王子の写真家さまから
5×7の未開封フィルムを頂いたのです。
手元には5×7のピンホールカメラとこのコンパクトグラフレックス(馬鹿でかいのにコンパクトとは・・・)
しかないのでこれを手入れします。

このカメラは98年前に作られていてフィルムは5×7の特殊なパックフィルム或いは1枚撮りホルダ―を採用していたようです。
現在の5×7はシートフィルムになっていて一般的には国際規格となっている両面ホルダーを使うと思います。

このカメラが世に現れた1世紀前ではまだ国際規格は存在しないのでこのカメラのバックを
ちゃんと原形をとどめて現行規格ホルダーを使えるようにしたいのですが幅に制約があって非常に難しい仕事です。

12年前のレストアの際は良い知恵が浮かばずにもう一段下の「キャビネサイズ」のホルダーを使えるようにしました。
あれから時間も経過しましたし、こんどは5×7純正フィルムを使えるようにチャレンジしてみます。

compctgrrestore.htm へのリンク    (12年前の修理

今回は1世紀の時を経てみすぼらしくなった外側をマホガニーの突板で衣替えしてみました。
皮を剥いだ中身は上等なチーク材なのでそのままで仕上げるべきかとも思いますが
外側に貼られていた1mmの皮の厚みも構造上の重要な要素なので寸法が2mm細くなると不具合が出ます。

いつもながらお世話になっているインドネシアの「サムスルさん」から提供頂いているマホガニーの突板は
0.6o程度ですがこれで貼巡らせてみようと思います。、不足の肉厚はあとで調整します。


グラフレックス社は大型の木製一眼レフを沢山世に送り出してきました。
一眼レフではありませんがスピグラと云えばどなたでもご存知でしょうか。
その中でこのコンパクトGRは構造的に一風変わった特異な構造です。
この機種以外のグラフレックスは長大なスリットカーテンをフィルム面に感光させずに巻き上げるために
ミラーが下りているときに後方を塞いでしまう構成になっています。
ところがこの機種だけはレンズボードを筐体内に収納する際にミラーを垂直にフィルム面と平行に畳み込むので
ミラーを下ろした時には下方に空間が出来てしまうのです。
そこで長大なシャッターカーテンとは別にミラーの設定位置に降りた際にはもう一枚の遮光カーテンが作動し
撮影時にミラーが跳ね上がるとそれに連動してカーテンが開きフィルム面が解放されます。

したがってシャッターレバーを操作するとミラーが跳ね上がりながら遮光幕が開き
ミラーがピントグラス面まで跳ね上がった時に初めてシャッター膜が作動可能な準備が完了します。
そこで独特の「フアッ・ポン」という2段構えの作動音がするのです。
この機構の為に複雑な蛇腹構造とかカーテンの2重化など外からは見えない複雑さがあるのです。
工夫を凝らして凄い手間だったと思います、後にも先にも他の機種では見かけない機構です。



触るとボロボロと床皮が崩れ始めて見た目もこの通り相当草臥れてきています。
皆さんに質問してみたら「トロピカル(昔流行した贅沢カメラ)」にしろとの励ましの声。



では得度式の始まり。
皮革は表の部分が防水機能を果たしているので黒い表皮部分を削り取っていきます。
決して接着剤のところまで削り込んで木材に傷をつけてははいけません。
以前、それを理解しないでシンナーで接着剤を溶かそうとしくじったカメラマニアさんの苦労話を何度も聞きました。



これは前蓋の革の裏側補強に使われていた紙です。
この部分だけは膨らみを持たせるために綿が詰めてあったので接着してなく印字が残りました。
この新聞の記載をフィルムを下さった写真家さんが友人のニューヨークの弁護士さんに解読して貰いました。
するとアメリカのアダムソン大統領が1916年に翌年の再選に直面していていた時の記事だという事で
1916年の記事だそうです。
予測通り
98年前に製造されたカメラです。
今回も国際的な協力を得ることが出来て本当に幸いです。関係各位に深く感謝します。


話が横道にそれます。
タイムカプセルで思い出しましたがエイトバイテン一眼レフを修復した時の事
ミラーの裏側に鉛筆書きのメッセージが書き込まれていたのはこれまでで最高の収穫でした。

 素晴らしいことに、ミラーの裏側の署名を解読することが出来ました
ニューヨーク在住のお医者さまが同僚のドイツ人の方にお尋ねになりましたら、この文字は古典ドイツ文字で
1941年以前に教育を受けた人でないと知らないということです。
その方のお婆さまにお尋ねになったらついに解読出来ました。
 この解読を同僚のドイツ人のお孫さんが英語に直していただいて
それをさらに日本語に通訳していただくという素晴らしい連携でした。

 なお、お婆さまの話では1920年以前の製作ではないかと云うことです。
ニューヨーク在住のお医者さま(日本人)の方のお調べでは
 ・確かにドイツ語。
 ・これはSuetterlin Scriptといわれる、1915年から1941年にのみ教育された、
 独特の筆記体である。同名のグラフィックアーティストによって考案された。

 このSueterlinについては
http://www.peter-doerling.de/Englisch/Sutterlin.htm
だそうです。

 英文に訳すると
"How capable is the camera, I went to great trouble with it. Rothe G[o]rlitz, Untermarkt25"

 和文
「このカメラ、うまく動いている?これ作るの、凄く大変だったんだよ。
Under market(通りの名前)25番地にて、」

Rothe というのは人名で、G[o]rlitzというのは市名か人名のラストネームか不
だそうです。地名として訳すと

「このカメラ、うまく動いてますか?本当に大変だったから。ゲルリッツ市、ア
ンダーウォーター通り25番にて、ロス」


詳しくは下のリンクでご覧いただけます。
baiten-slr.html へのリンク


失礼しました、本題に戻ります。


ここまで剥がしたらこの時代の接着剤はニカワですから熱いお湯を浸した雑巾で床皮を濡らすと膠が解けてきます。



接着剤が剥がれて濡れている状態なのでチーク材にクリアーの塗装が掛かった時の色合いが出ます。
折角のチーク材ですが裸で使う事を想定していないので真鍮が剥き出しになったり一部が黒く塗られたりしています。
やはりマホガニーの突板でカバーする事にします。



コーナーはかなり鋭角ですから突板は曲げられません。
薄い突板の木口が出ているとそこから接着が剥がれかねません。
フライスで4.5mm角の抉りを入れて5.5mm角の角材を接着します。
1oはみ出しますから其処へ突板を突き合わせて接着した後にカンナでコーナー仕上げします。
各コーナーをこのように加工して仕上げました。



木材同士はTitebond(脂肪酸系接着剤)で接着しますが真鍮がベースの部分はセメダインスーパーXで接着しました。



マホガニー(白木の状態)で表面を全部覆った状態になりました。



そのままだと少し色合いが淡いので油性ステインを調合してごく薄く着色しています。
仕上げのクリヤー塗装が一応終わってこれからマスキングを剥がします。
メカニズムは外せるだけ外してしまっていますのでこれから組付けセッティングが始まります。



順次組上げていきますが1.5mほどの長大な幕の点検なども含め万事怠りなく整備します。



バック右上に金属リーフがとりつけられていますがこれはたしか12年前に自分で工作したフラッシュ接点です。
蛇腹は前回作り直しているのでピンホールを1か所補修してそのまま使います。



12年前の修復では反射ミラーを普通の鏡でお茶を濁しましたが
今回は非常に格安で性能のいい表面鏡を特急で入手できました。
長辺が15pもあります、台形に整形して作業が終わるまでは保護シートを付けたままです。

この鏡屋さんのURLは下記の通りです

http://e-kagami.com/



これでこれまでの表面反射と鏡面反射による2重結像の曖昧さがなくなってすっきりします。



ファインダーフードも破れ始めたのでチョコレート色のビニールレザーで張り替えました。



5×7規格ホルダーが使える新規考案のホルダーボックスも無事完成。
12年前にはこの工作をするスキルがありませんでした。
上蓋の取っ手が見えますがこれはオリジナルの革を手入れして再利用します。
取っ手両側のストッパーの革は傷んでしまったので新しく製作しました。



シャッターレバー側
レバーの窪みはチークの素材が見えています。



操作側サイド



収納した状態。
側面上側に前蓋操作のエクボがありますがチーク材の地肌がチョコレート色で見えています。


希少希少な歴史遺産を改変してよかったのかどうか心の隅に疑問も残りますが
美しくなってまた触る気になれたのだし、整備も完全に行えたので良しとしましょう。
ただフィルムがいつまで供給されるのかどうか大いに疑問が残ります。


試写


お天気も悪いので家内製作の焼き物でもご覧ください。
レンズはドッペルプロター13 1/4吋 f7 f16で約2秒
フィルムはFP4 125
ARTDOL 1:2 20℃ 6分30秒




部分拡大、画像調整しています。
 撮影サイズが35oカメラの20倍以上の面積です。



本日の庭の収穫
DoubleProtar f32



部分拡大



Tessar1:4.5 f=18cm BYa  Nr399858
35oカメラですと36oレンズ相当の広角になります。
絞り4.5  シャッター1/110
カメラ操作は家内です。



この写真機を使えるようにしろとばかりにフィルムを送って激励してくださった八王子の写真家「暖」さんと
ジャカルタから貴重なマホガニー材を提供してくださった「サムスル」さんに深く感謝します。


TOPへ戻る