2003年夏休みの阿蘇

孫たちと南阿蘇の高森町、上色見の姉の家に遊びに行きました。
ここは、小学校1年の時熊本の大空襲で家を焼かれ一時疎開した小学校もあるのです。
今はペンションや国民宿舎、温泉などが賑あう観光地ですが少ししょっぱい思いでもあるところです。

 
阿蘇の噴煙 気温26度ぐらい


阿蘇、草千里


高森の湧水トンネル出口付近。山女の掴み取りに挑戦、戦果はゼロ。

この湧水トンネルとは鉄道を高千穂の方に伸ばすために長大なトンネルを計画したものの
1kmほど掘り進んだところでものすごい湧水に掘削を断念。時は昭和50年2月。
その後の鉄道民営化や乗客数の減少などあって断念したものです。
湧水量は毎分32トンと物凄い水量です。

水温17,8℃のトンネル内は肌寒く、止め処もなく湧水は噴出しています。


トンネル最深部約1000mぐらいかな? 観光のためにストロボで水玉が見える工夫。


途中の通気口。今は明り取りの窓。(20〜30mぐらいでしょうか)


根子岳をバックに温泉に入りました。家から車で3分ぐらい下る距離。
左に少し裾が見えますが高岳、中岳と連なり、噴煙が見えます。

阿蘇5岳と言うのは
根子岳(1433m)、高岳(1592m)、中岳(1506m)、烏帽子岳(1377m)、杵島岳(1326m)と続く。
これらを総称して阿蘇山と呼んでいるが阿蘇山という単独の山は無い。
現在噴煙を上げて活動しているのは中岳の火口である。


物置に最近放置されたままのバイク。


コタツの中から根子岳と風鈴。いつもながらほっとします。


 早朝 小学校までの散歩。


虫取り網を片手に散歩開始。


辺りを覆いつくす巨木。


樹木の根の回りにオレンジ色の小さなゆりのような花などが咲いていました。


クワガタやカブトムシの死骸はたくさんありますが都会育ちの子供には何処を探せばいるのか・・・。


終戦の年、昭和20年に数ヶ月お世話になった母校(上色見小学校)は当時草葺の2教室しかない教室でした。
1年から3年生と、4年から6年生の二教室でした。
畑の草むしりの実習と、とうもろこしを炒った給食が懐かしい。

この立派な校舎もすでに廃校となっていまは人気もありません。


この孫は小学2年生、ぼくはここで1年生だったと思うと感無量です。


小学校の前に住む老人は89歳です。
なくなった義兄の同級生でいまだ一人で元気に自給自足の生活をしています。
何時までもお元気でお過ごしください。


 この1枚はシノゴで撮ったものです。
姉の家の前の神社熊野座神社の拝殿から下を見下ろしたものです。